過去のつぶやき

スリランカ巡礼(1)

9/15~20までスリランカに行って来ました。

福岡教区で働いているスリランカ人の司祭が、

司祭叙階25周年の祝いを故郷の出身教会でするというので、

このような機会でもないとめったに行くことのない国だから

行こうと思いました。

この間、教会と幼稚園に大きな行事がなかったのもチャンスでした。

 

参加を決めて最初の課題がパスポートの更新でした。

残り3ケ月しかなかったので更新手続きを慌ててしました。

出発の2週間前です。

 

チケットはJ神父が間に入って旅行社が手配してくれましたが、

そこでまたトラブルが発生しました。

私はEチケットを印刷して郵便で送って下さいと伝えたつもりでしたが、

J神父はメールで送りますと答えたつもりだったようです。

1週間たっても郵便が来ないし、J神父は先に帰国しています。

困り果てて旅行社に連絡して再発行して郵送してもらいました。

それが1週間前です。

 

次なる課題がビザ取得です。続きは次回に。

 

 

夏を乗り切る

今年の夏も真夏日が続き、福岡は雨が少なかったです。

夜も暑くてクーラーを着けたり、消したりで寝不足気味になりました。

熱中症にかからないように皆さん命懸けだったのではないでしょうか。

私も睡眠補給(昼寝)、水分摂取、運動、食事と気を付けました。

その中で司祭仲間、教会の皆さんとの食事会の話をします。

 

8月6日は大楠教会の納涼会に招待されました。

豊かな食材のバーベキューと生ビール、語らいとじゃんけんゲームで盛り上がりました。

18日には司祭6名が小倉に集まり、韓国料理を食べながら英気を養いました。

20日は西新教会の納涼会で焼き肉、流しそうめん、焼きそばと楽しい時を過ごしました。

翌21日には笹丘教会で聖アウグスチヌスのお祝いがあり、

福岡地区の司祭の集まりがありました。寿司、ピザを頂きました。

27日は熊本地区の司祭の集いに招待され刺身、バーベキューを頂きました。

 

この他にも仲の良い司祭と個人的に食事会を度々しました。

今年の夏は食べて夏を乗り切ったようなものです。

 

 

山登り

7月の海の日に宝満山に登山に行きました。

登りは竈門神社から石段の道を行きました。

快調に前の人を抜きながら登頂し、

出っ張った大石の上で弁当を食べ、休憩しました。

 

帰りは羅漢道をとりましたが、これが失敗の元でした。

途中で道に迷ってしまい、

急な斜面を上り下りしながら山道を探しても探しても見つからず。

明日の新聞に遭難者で自分の名前が出たら情けないな~と思いながら

諦めずに歩き続けました。

 

1時間余りたってから鉄塔の下にたどり着いたら道があり、道しるべもありました。

初めての道でしたが標識通りにたどって行くと、知っている車道に出ました。

知っている道に出たら緊張が解けたのか、足の筋肉全部が痙攣してきて大変でした。

ゆっくりゆっくり車道を歩いて車に乗りましたが、

乗ってからも足の向きを変えるだけでつりました。

車から降りるときはアクセルとブレーキを踏んでいた右足がつりました。

 

今回の登山は一人で行っていたから遭難しかけたとも言えるし、

一人だったから生還できたとも言える登山でした。 

写真はイメージです

 

 

野球観戦

6月末にヤフオクドームに初めて野球観戦に行きました。

ホークス対日本ハム戦でした。

ホークスが6対0で勝利しました。

ホームランも3本出ましたし、大谷選手も代打で出てきて満足しました。

 

途中、ファウルボールが1球私の後ろの席に飛んで来ました。

立って手を伸ばせば取れていた高さでしたが、

座ったままだったので取れませんでした。

 

飲み物が最初の頃は 700 円でしたが、

後半になってホークスが勝つだろうと予想されると

勝利の価格で 500 円になりました。

食事は席を立って通路内の売店を物色して回り、ラーメンを食べました。

食べているときもテレビが何台もあるので、食べながら観戦出来ました。

 

7回裏には風船を膨らませて飛ばしました。

ホークスが勝ったので最後には花火があげられました。

教会から歩いて 20 分なので行き帰りも渋滞に関係なくスムースに移動でき、満喫した一日でした。

 

 

 

ソフトボール大会

毎年5月末には西日本司祭親睦ソフトボール大会が開催されます。

今年14年目で、大分教区が主催し、

先月22日に日田市のソフトボールグランドで行われました。

 

日田は日本一暑い市になることもあるそうで、

この日も30度を超える暑さでした。

 

今回は5チームが参加しました。

福岡、長崎、大阪がそれぞれ1チーム、

そして大分と鹿児島、広島と高松でそれぞれ連合の1チームです。

私はピッチャー、4番で出場しました。

 

1試合目は大阪チームと当たり、打撃戦の末、17対7で勝利しました。

2試合目は広島・高松チームとの引き締まった試合となり、7対1で勝利しました。

3試合目は決勝戦。

長崎チームと当たり、打撃戦の末、17対8で敗れました。

 

3試合投げて疲労困憊でしたが、

その上にファウルボールが私の車のフロントガラスを直撃し、

ひびが入るという事故がありました。

車両保険に入っていなかったので修理代に泣きました。

 

写真:日田市内豆田町の町並み By Miya.m / CC-by-sa

(https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1523748)

Y神父

高齢のY神父さんとの付き合いをデイサービスと呼んでいます。

週に1回は電話がかかって来て、

やれ温泉に連れて行ってくれだの、

食事に連れて行ってくれだの頼まれます。

 

最近はテニスをやろうとは言わなくなりました。

以前元気が良かったときは、

10分打ち合いをしたら、30分休みといった具合でした。

 

空いている時間を狙いすましているかのように、

タイミングよく電話がかかってきます。

まるで隠しカメラをつけているんじゃないかと

思わせる程です。

週に2度3度の連絡はさすがに遠慮しているみたいです。

 

神父からは人生の先輩として、司祭職の先輩として、

いろいろと学ばせてもらっています。

この神父は90歳を超えていますが、

120歳まで生きるのではないかとひそかに思っています。

そうなると53歳の私の方が先に送られる可能性があります。

 

 

銀祝

今年の3月で司祭叙階25年を迎えました。

3月19日に西新教会で銀祝をお祝いしていただきました。

 

ミサと祝賀会に、お世話になったジュゼッペ神父様と

山頭神父様、そして大楠教会、健軍教会、戸畑教会、

若松教会の代表の方々と両親、兄夫婦が参加してくれました。

 

ジュゼッペ神父様には十歳の頃から神学校に入る頃までお世話になりました。

社交的な神父様で、相手が信者でなくても誰とでも友達になる人でした。

手品が趣味で、集まりのある所ではいつも手品で場をにぎわせていました。

今回も祝賀会でやろうとたくさん手品を用意していたようですが、

時間の関係で一つしか出来なくて残念そうにしていました。

 

各教会の代表の方々には過分な言葉を頂いて恐縮するばかりでした。

皆さんの言葉に共通していたのはアスリート神父でした。

山登り、テニス、ゴルフ、ソフトボールは今でも続けています。

運動を続けているのはスタイルを気にしているからではなく、気を練るためです。

 

 

車の運転

最近、車の運転をしながら思ったことです。

 

前の車との車間距離は、

相手にプレッシャーを与えないようにと思って、

少し空けて走るようにしていますが、

車やバイクに割り込まれることがよくあります。

それも強引に割り込んできます。

 

以前は少し腹を立てたりしていました。

強引すぎる時はクラクションを鳴らすこともありました。

ですが、クラクションを鳴らすことがあまりないので、

鳴らしたいときにうまく鳴らないことがありました。

 

最近は「またか。まーいいか。」と思えるようになりました。

年をとって気が長くなったのかなと思います。

 

しかし、まだまだ若いなと思うこともあります。

「安全に、早く目的地に」というのは変わらず、

時間に余裕があっても最短で着こうとするのです。

なるべく渋滞を避けながら、裏道を使いながらです。

カーブが多い山道を走るのも好きです。

 

 

 

喉の痛み(2)

のどの痛みは、以前よりは良くなりましたが

まだまだ続いています。

 

のどが痛くて、1月8日のミサの司式と説教を

Y神父様に依頼していましたが、

直前になって「やっぱり司式は主任司祭がしなさい、

説教だけ自分がします」と言われ、

トホホな気持ちになりました。

 

1月末に幼稚園職員の研修会で話を頼まれていました。

間に休みを挟んで2時間でした。

のどが持つかなと心配していたら、

やっぱり前半の40分でのどが痛くなり、声が出なくなりました。

休み時間にのど飴がたくさん差し入れられました。

後半はどうにかもちました。

 

のどが痛いということで、何人かの方に黒にんにく、しゃぶしゃぶ鍋の具材、

しょうが蜂蜜等差し入れを頂きましたし、

各人がやっている養生法も聞くことが出来ました。

皆さんちゃんとやっているんだと感心しました。

何人かの人に「医者に行った方がいいですよ」と言われましたが、

なるべく自分で治したいタイプなので行っていません。

 

 

喉の痛み

昨年のクリスマスが終わってから、のどが痛くなりました。

1年間の疲れがのどにきたのかなと思います。

 

のどが痛くなる前から、クリスマスの後は5日間連続で

人と会って食事する約束をしていました。

暖房の効いた部屋で大声でしゃべったり、

のどに悪いお酒を飲んだりしました。

いわば、のどに悪いことをし続けたわけです。

薬も飲んでいましたが、全く効きませんでした。

のどに悪いことと良いことを交互にしていたのだから、

治らなかったのは当然かもしれません。

 

大晦日と元旦のミサでは声がうまくでず、音程も取れなくて歌えませんでした。

ミサに来られた方々にはお聞き苦しいことだったと思います。

話すのが主な仕事ですから、もっとのどを大切にしなければいけないと

肝に銘じたことでした。

 

のどが痛い話を信者さんにすると

「私は2ケ月治るのにかかりました」と言われました。

私の場合はいつ治るのでしょうか? 

1月1日は神の母聖マリアの日

写真は御受難会・福岡黙想の家の聖母子像

 

温泉

12月になり寒風が吹くようになりました。

おでん、鍋、温泉が恋しい季節になりました。

 

先日、温泉に行ったときのことです。

受付の女性から

「夫婦で一緒に来たお客さんがいて、

 奥さんが先に上がって旦那さんを待っている。

 自分は女性で脱衣所に行くのは遠慮したいので、

 代わりに声を掛けてもらえませんか」

とお願いされました。

 

脱衣所には誰もいなかったので

「誰もいませんよ」と返事したら、

服を脱いで風呂場に行き声を掛けて下さいとお願いされました。

 

風呂場には3人のお客さんがいたので、

名前を確認して奥さんからの伝言を伝えました。

すると旦那さんから

「まだ風呂に入っていたいし、もう部屋に入れる時間なので

 先に部屋に入って待っててくれと伝えて下さい」

と言われました。

それでまた脱衣所に戻り、受付に向かって大声を出して要件を伝えました。

 

赤の他人で、しかもお客さんであるのに、

なんでこの役が自分に回ってくるのか不思議で仕方ありませんでした。

人がいいと思われたのか、頼みやすそうな人と思われたのでしょうか?